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2020年04月8日

5坪が3.7億円で売買された巻原発用地のその後

2015年01月27日

p28巻原発の計画中止が決まって12年が経過する。かつての原発用地に、今新たな買収話が浮上しているという。だがその実態は確認できない。柏崎刈羽といい、巻といい、原発の用地買収は伏魔殿の如き内容を伴っていた。巻原発の土地取引は国会で追及され、総会屋系企業が登場する内容がスクープされたこともある。(一部敬称略)

 

中国系企業が…?

 

今や巻原発の計画があったことすら忘れ去られようとしている。かつての有料道路、越後七浦シーサイドライン(現在の国道402号)は旧巻町(現在の新潟市西蒲区)の海岸部を走る。角田・弥彦の山塊が日本海に落ち込む一帯は奇岩が連続し、人気のドライビングスポットだ。

 

このシーサイドラインを新潟側から柏崎方面に向かうと、道路は海岸からいったん山側に向かいトンネルとなる。そのトンネルの海寄りに、三方を山に囲まれた角海(かくみ) 浜の集落があった。「越後毒消し発祥の地」とされたこの集落は、かつて戸数が200余もあったという。だが昭和40年代にはその数が一ケタになっていた。そして巻原発の計画が公表された後、廃村となった。

 

炉心など巻原発の中心部は角海浜に計画されていた。東北電力がこの地での原発建設計画を正式に明らかにしたのは昭和46(1971)年のことだった。それ以降、旧巻町は原発計画の推進、反対をめぐり紆余曲折をくり返した。最終的に計画撤回が公表されたのは平成15(2003)年のこと。

 

原発計画の正式な公表、そして撤回まで31年もの歳月が流れた。当初、計画は水面下で準備されていたから、それらの期間も含めれば35年近くになったはずだ。推進派だった佐藤莞爾町長(後の県議、故人)に対するリコール署名が展開され、町長が辞任するという場面もあった。

 

その後に就任した反対派の笹口孝明町長が原発の賛否を問う住民投票を実施。反対が61%を占めるという結果になった。その4年後、原発計画の撤回が明らかにされた。それからでも既に12年が経過しようとしている。

 

最近になって、かつての原発用地にまつわる噂が浮上している。…続きは本誌にて

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