祭祀と日本 古事記から読む皇統の原理
2026年05月27日
日本では、なぜ二千年以上にわたり皇統が受け継がれてきたのか。なぜ天皇は、単なる権力者としてではなく、特別な存在として敬われ続けてきたのか。
この背景を読み解く上で重要となるのが『古事記』である。『古事記』には、天皇が国家の祭祀を司り、国土と民の安寧を祈り続けてきた日本独自の国柄の原型が記されている。
その世界観を通して、皇統の本義と、日本という国の根本原理を読み解いていく。
古事記をどう読むべきか
皇統は、日本国家の中心として、二千年以上にわたり継承されてきた。その存在は、単なる制度上の地位によって成り立っているものではなく、長い年月の中で積み重ねられてきた歴史そのものによって支えられている。
その皇統の起源と系譜を記した史書が、『古事記』と『日本書紀』である。したがって、皇統の本質を考えるためには、まず記紀本文そのものに立ち戻る必要がある。
本稿では、その読解方法として、本居宣長の立場を重視する。すなわち、近代歴史学や政治学、あるいは制度論を先に持ち込むのではなく、まず『古事記』そのものの言葉と叙述の流れに従って読むという立場である。
江戸時代の国学者・本居宣長は、『古事記』を三十年以上にわたって研究し、全四十四巻に及ぶ『古事記伝』を著した。
『古事記』は、平仮名や片仮名が成立する以前の特殊な表記によって記されており、長い間、本格的に読み解かれることがなかった史書である。
宣長は、その難解な本文を徹底的に研究し、『古事記』を本格的に読解する基礎を築いた。現在、我々が『古事記』を読むことができるのは、この宣長の業績によるところが極めて大きい。
宣長は『古事記』を読む際、「からごころ(漢意)」を退けるべきであると説いた。それは、外来の思想や理屈を先に当てはめ、日本の古典を解釈しようとする態度である。
先に理屈を置けば、本文を読む前から「神話とは権力の正統化のために作られた政治的物語に違いない」といった邪推が始まり、書かれている内容そのものよりも、作為を疑う方向へ進みやすくなる。
こうした態度を、宣長は最も強く戒めた。理屈を先に置けば、古代人が何を真実として受け止めていたのかが見えなくなるからである。
実際、日本の古代史研究においても、この読解姿勢の差は顕著に現れている。
『古事記』『日本書紀』になると、本文に触れる前から「国家神話」「政治宣伝」「権力装置」といった理解が先行しやすい。
一方で、中国の『魏志倭人伝』に対しては、信頼できる記録として受け止め、記述内容そのものを丁寧に読み解こうとしている。その典型が邪馬台国の場所探しなどだ。
このような読解姿勢の背景には、戦後歴史学の影響がある。
戦後日本では、国家神道への反省を背景として、記紀を政治権力による作為として読む傾向が強まった。さらに、実証主義史学や近代合理主義の影響も重なり、神話的叙述そのものを軽視する空気が形成された。
しかし、その立場自体もまた、一つの時代的価値観に基づく解釈である。すなわち、「政治的作為に違いない」という理解を先に置くならば、それは本文を読む前から結論を定めていることになる。
宣長の読解における方法は、「原文をそのまま読む」という姿勢にあった。ここでいう「そのまま」とは、字面を追うことではない。本文に記されたこと以上に恣意的な解釈を補わず、叙述の構造と順序を尊重するという意味である。
その根底にあったのが、「古代人のこころばえ」を理解しようとする姿勢である。当時の人々は、神々の物語を単なる作り話とは考えていなかった。
皇統を論じる前提として重要なのも、この「こころばえ」である。
皇統とは、古代人が真実として受け止めてきた世界理解の連続の上に成立している。だからこそ、皇統の本質を考えるためには、『古事記』を古代人の感覚に立って読まなければならない。
『古事記』を読むとは、単に古代史を知ることではない。古代人が何を尊び、何を真実として生きていたのかを通して、日本とは何か、日本人とは何かを学び直すことでもある。
そのためには、現代人の理屈で古代人を裁くのではなく、その「こころばえ」を理解しようとする姿勢が必要なのである。…続きは本誌で













