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2022年08月9日

恩讐を越えて宮越馨・上越市議が小林一大を支持した理由

2022年07月27日

7月10日投開票の参院選で、自民党の小林一大候補が初当選を果たした。小林の父、一三氏はかつて新津市長を務め、知事選にも出馬した人物。その小林一三氏は息子の当選と同様、上越市の宮越馨市議(元市長)が、これまでの恩讐を越えて一大候補の支援に回ったことにも喜びを感じたに違いない(一部敬称略)。

 

光芒の平成初期

 

6月23日、安倍晋三元首相が上越文化会館横で街頭演説を行った。同元首相と自民党の小林一大候補、髙鳥修一衆院議員らが上に並んだ街宣車の脇に、「新鮮力! 自民党」と書かれた野立て看板を掲げ、元首相や小林候補の演説に合わせ気勢を上げる人物がいた。誰あろう、上越市の元市長で、2年前の市議選で4千5百票余を獲得し、トップで初当選した宮越馨その人だ。

 

6月28日、自民党の高市早苗政調会長を迎え、上越文化会館で小林候補の個人演説会が開催された。ここでも宮越市議は小林を支持するほかの市議らとステージ上に並んだ。

 

上越市東城町にある宮越市議の自宅近くに「みやこしかおる連絡所」と書かれた看板がある。その隣に、「小林一大事務所」の看板が設置されたのは今年5月のことだった。「宮越が小林支持」と聞き、違和感を覚えた上越市民、県民も少なからずいたはず。それはなぜか? 同市議と、旧新津市(現新潟市秋葉区)の市長を務めた小林の父との間にわだかまりがあったからだ。

 

小林一大の父、小林一三氏は県庁マンで、県では都市整備局長を務めた。在職中からその実力は知られ、請われて1991(平成3)年3月に行われた旧新津市の市長選に出馬。旧社会党系の候補に勝って初当選した。その開票を見守った会場の割烹は、床が抜けるのではとい
うほど大騒ぎだったという。

 

当時の新津市で続いた「革新市政」を一蹴したことで、小林支持者らの喜びが爆発したらしい。その後、市長に3回当選。小林市長は積年の課題を矢継ぎ早に解決し、その手腕に周囲は舌を巻いた。

 

一方の宮越市議は旧大蔵省主計局で主査などを歴任した官僚だった。退官後は渡辺美智雄(故人、大蔵、通産、農水、外務など大臣を歴任)の秘書を務め、中選挙区時代の旧衆院4区から3回出馬したが、いずれも落選。

 

1993(平成5)年、一転し上越市長選に出馬し初当選。2期務めた。宮越時代の上越市は話題に事欠かなかった。評価は様々あるだろうが、「日本初」といった試みが連続するチャレンジングな市政だった。

 

相前後して市長に就任した小林、宮越の二人だが、接点は役人時代にあったという。

 

「近藤元次(故人、元農水相)さんが各省庁の課長クラスなどを集め、大近会(名称は大蔵省の大と近藤の近に由来)という勉強会を作ったのだけど、当時大蔵省にいた私がその立ち上げやメンバー集めのお手伝いをした。その仲間の中に県の小林一三さんがいた」(宮越馨市議)…続きは本誌で

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