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2021年10月15日

裁判沙汰に発展 新潟関屋自動車学校グループ「骨肉の争い」

2021年09月27日

創業96年を誇る新潟関屋自動車学校(新潟市中央区)は、新潟県内に現存する自動車教習所としては最も歴史があることで知られる。しかし、そんな由緒ある看板に似つかわしくない骨肉の争いが同校グループを舞台に繰り広げられているという。しかも裁判沙汰に発展しているというから穏やかではない。

 

「先代社長の経営手腕は ピカイチ」との評判ばかり

 

株式会社新潟関屋自動車学校(新潟市中央区)が創業したのは1925年(大正14年)。現社長である綿井伸洋氏の曾祖父に当たる綿井兵吉氏が創業した。 石川県出身の兵吉氏はもともと貨物船や客船の船長だったが、旅の途中に新潟に立ち寄ったのをきっかけに、街の魅力に惹かれて定住。

 

ほどなくして同氏が立ち上げたのがハイヤー・バス会社の「綿井自動車商会」で自らハンドルを握って客を送迎したという。 しかしながら兵吉氏はまだ人力車が走っているような時代にあって、モータリゼーションの到来をいち早く予感し、数カ月後に旧新潟競馬場からほど近い松林の中に「綿井自動車練習所」を設立。これが現在の新潟関屋自動車学校のルーツとなっている。

 

その後、戦後になると道路交通法の施行とともに指定自動車教習所制度がスタート。これを受けて綿井自動車練習所は1963年(昭和38年)に「新潟関屋自動車学校」に改称し、現在に至る。

 

新潟市中央区関屋浜松町にある新潟関屋自動車学校は2年前に校舎、合宿寮、食堂の3棟の建て替え工事を完了。現場を訪れると一目瞭然だが、施設の充実ぶりは県内随一との評価を得ている。

 

関係筋が話す。

「新潟関屋自動車学校は立地が良くてアクセスが楽な上に、校舎や食堂が真新し
いものだから、新潟市内の教習所の中でも断トツの人気を集めています。現在の綿井伸洋社長が社長に就任したのは昨年のことですが、前社長を務めた父親の伸行さん(現会長)の経営手腕が秀逸だったことが今日の発展につながっています」(会社社長)

 

こう前置きして、この関係筋は以下のように続ける。

「昭和50年代の自動車教習所は、小学校や中学校と同じように日曜は必ず休んでいたものです。ところが伸行さんはこうした旧態依然の経営スタイルは時代遅れだとして、土曜も日曜も祝日も関係なく、ほぼ年中無休で教習を行う体制に切り替えたのです。 当然ながら従業員からは相当の反発があったようですが、現在では全国の教習所がどこもほぼ無休で教習していることからも分せんが、伸行さん本人はJC(青年会議所)時代から付き合いのある何人もの仲間たちに電話をかけて、“オレと親父は喧嘩状態だったから、葬儀には来ないでくれ”と根回しをしましてね。

 

同年代の経営者仲間の中には、亡くなった兵衛さんにえらく世話になった者が結構いまして、面倒見のいい親父さんだったんですよ。だから伸行さんから“父親の葬儀には参列するな”と言われて、困ってしまったものです」(JC元会員)

 

一方、亡き父との不仲説が囁かれる綿井伸行会長は今年4月、自身が原告となって、ある企業を新潟地裁に提訴している。 そのある企業とは、有限会社新潟関屋自動車教習施設、つまり自身が会長を務める新潟関屋自動車学校の関連会社にほかならない。

新潟関屋自動車教習施設はその名のとおり、新潟関屋自動車学校に対して教習用不動産施設を賃貸している会社で、設立かるように、伸行さんには先見の明があったということです」 (同

合宿免許取得の受け入れ体制整備も早かったという。「自動車教習所は地元の人たちだけを受け入れていたのでは経営が成り立ちません。とくに地方都市の教習所はその傾向が顕著です。このため伸行さんは今から30年近く前に合宿寮や専用レストランを新設し、県内でいち早く合宿免許取得事業を始めています」 (同)…続きは本誌

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