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2020年12月4日

衆院4区 語られていた「菊田真紀子・自民鞍替え待望論」

2020年10月27日

「菊田真紀子 自民鞍替え待望論」は既に遅しの話かもしれない。4区は立憲民主の菊田と、自民の国定勇人前三条市長による対決の構図がほぼ確定している。だが待て、この荒唐無稽とも思われる説は、むしろ選挙後にこそ語られるべきものかもしれない。

 

前回の衆院選は3年前の10月だった。無所属(当時)の菊田真紀子が自民公認の金子恵美に大差で勝利。金子は比例でも復活ならず、芸能界に鞍替えしてしまった。

 

4区で候補者が不在となってしまった自民だったが、紆余曲折を経て昨年7月に同党4区支部が三条市の国定勇人市長(当時)を支部長に選任することを決定。同市長は9月25日に辞職届を提出し、10月14日いっぱいで退任となった。その国定前三条市長だが、前任者の金子恵美と同様、同月16日に二階派入りが認められ、正式に4区の支部長に就任することが決まったという。

 

一方の菊田真紀子だが、これも因縁か、国定が三条市長でなくなったのと同日の9月15日、これまで無所属で、「立憲民主党・市民クラブ」の会派に入会していたが、正式に立憲民主党に入党することになった。菊田は同党県連の代表(暫定)となり、10月からは同党筆頭幹事長代理を務めている。

 

4区では立憲民主の菊田と自民の国定という対決の構造がほぼ決まっている。その菊田について、「自民鞍替え待望論」がしばしば浮上する。まず菊田のルーツが、こうした待望論の根底にあるようだ。

 

菊田は加茂市で育った、加茂はかつて田中角栄が君臨した中選挙区時代の旧3区。菊田の父は、いわゆる越山会(田中角栄後援会)系の県議で、その名は田中元首相の娘、田中真紀子にあやかったもの。

 

「所説ありますが、加茂は越山会発祥の地とも言われます。昭和24年、炭管疑獄で捕まった田中が釈放され選挙区入りした際、最初の遊説地が加茂でした。加茂では材木商の菊田治(次)郎が田中を支援し、軍隊時代に田中の上官だった片岡甚松がいた。片岡はその後、越後交通の社長になった人物です。こうした事情から、加茂で越山会がいち早く結成されたんです」(古参の自民党員)

 

この田中を支援した菊田治郎が菊田真紀子につながっているという。菊田を国政に引き上げたのが旧3区の代議士で自民党県連の会長も務めた渡辺秀央元郵政相だ。

 

「中選挙区時代、越山会と渡辺の秀央会は争っていた。小選挙区時代になり、渡辺が自民党と袂をわかったものだから、三条で多数派だった秀央会系が非自民になってしまった。福島や岩手と同じで、保守系メジャーが非自民で、菊田の支持者には労組など革新系のほか、本来は自民党の保守本流層がいる」 (同)

 

ではなぜ「菊田の自民鞍替え」が待望されるのか?

 

「菊田さんが自民党入りすれば、保守系勢力が1本にまとまる。保守系同士のいがみ合いは、地域の力をそぐことになってしまいます。次の総選挙後、菊田さんの自民党入りを期待したい」(同)

 

何やら次の選挙で菊田の勝ちを前提にしたような話だ。

 

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