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2019年10月22日

大学進学率20%台だった本県40年前の大学進学実績

2019年09月27日

本誌は毎年、県内の高校・中等教育学校(以下、学校)に大学入試結果の報告を依頼している。どの学校からどの大学に何人が合格・進学したかをリポートしている。実はかつて、県教委も同様な結果を公表していた。しかも、県内全ての学校の実績を。かつての大学進学実績が如実に分かる、貴重な資料を紐解く。

 

大学の序列化を生んだ共通一次

 

この資料の名称は「大学等進学状況調査」。県庁1階にある行政情報センターにその資料は置いてある。誰でも閲覧できるし、コピーもできる。貴重な原本に鉛筆書きや蛍光ペンのマーキングが所々にある。先に調査・分析した人がいたらしい。

 

現在は、「どの学校からどの大学に何人が進学した」というフォーマットでは掲載されていない。大きな括りで、県内の学校を卒業した生徒は何人、大学進学者は何人、専門学校進学者は何人、就職者は何人といった数字が記載してある。さらに大学なら、卒業生のうち新潟大には何人、東京大には何人が進学という数字が記載されている。

 

ところが今から40年前、その前後5年ほどにかけて、同調査は「どの学校からどの大学に何人が進学した」かが分かる体裁だったのだ。

 

学校ごとの大学進学実績が分かると、実に様々な比較分析ができる。単純に大学進学者数の今昔比較、個別の大学の進学者数の今昔比較、個別の大学の進学者輩出率の今昔比較など。今後、誌面の都合が許せば報じてみたい。

 

本誌の最新の調査は、今年5月号(合格者数)と6月号(進学者数)に掲載した。対象は2019年3月卒。そこで、今から40年前の1979年3月卒を対象とした調査を使い、別表のようなデータを作成してみた。主な学校の、個別の大学進学者数の今昔比較である。

 

手始めに当時と現在の状況を比較してみる。

【大学数】(文部科学統計要覧 平成31年版より)

国立大 93、86
公立大 34、93
私立大 319、603
(1980年、2018年)
【県内学校卒業生数=全日制】(大学等進学状況調査より)
▼ 1979年3万2125人
▼ 2018年1万8438人
【本県大学等進学率(カッコ内は全国平均)】(大学等進学状況調査より)
▼1979年
21・2%(32・8%)
▼ 2018年
47・4%(54・8%)

 

これら数字の比較だけでもまるで様相の異なることがお分かりいただけるだろう。

1979年と言えば、国公立大受験を対象とした共通一次試験がスタートした年だ。センター試験の前身とも言える。これ以前は国立大を一期校と二期校に分けた入試制度だった。分かりやすく言うと現在の前期が一期校、後期が二期校。必然的に一期校が本命、二期校がスベリ止めという扱いで、大学の序列化の要因になった。ちなみに一期校は旧帝国大学や旧制大学など、二期校は主に新制大学が割り振られた。

 

共通一次は事実上の一発試験だった。共通一次が課す5教科7科目の重い負担を避け、科目数の少ない私立大に流れる受験生が増えた。私立大が台頭するきっかけになった。

 

当時学生だったという60代の男性が、「曖昧だ」と断りながら、その記憶を蘇えらせてくれた。

 

真のエリートがいなくなった⁉

 

「共通一次以前の大学の序列は、国立大が上、私立大が下でした。むしろ私立大は眼中になかった。断トツは一期校で次に早稲田、慶応の私立大。次いで二期校、公立大で、明治や立教などの私大でも公立大より下だったと思います。当時から旧帝大のステータスは確立されていました。今でこそ地方国立大の地位に甘んじている新大も一期校でしたので、当時は一目置かれる存在だったのです。また、私立大に行きた
くないというより、学費の安い国立大しか行けないという事情も大きかったと思います」…続きは本誌に

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