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2018年04月25日

誌上討論 県民よ、批判的な目を養え!

2018年03月27日

2016 年3月号からスタートした新潟県の課題を炙り出し、解決に導く提案を論じてきたこの企画は、今号をもって最終回とする。田村教授が4月から長野県立大学に転籍するためだ。最終回は、県民向けに、新潟県の発展のために必要な“ お願い” を語ってもらった。

 

新潟の凋落にも県民は無関心ではなかったか?

 

行政学をフィールドとするお二人には、主に新潟県、そして新潟市の政治・行政政策を批評していただいた。多くは批判だった。批判の裏には課題がある。批判するだけでなく課題解決のヒントも毎号、論じていただいた。

 

ここでの主張が政策など行政運営に反映されたことは、企画を続けてきた成果だ。例えば、県の総合計画に「一人当たり県民所得の向上」、「高付加価値産業の創出」などは、当企画で現状を指摘し、所得向上の必要性を訴え、そのためにはどうすればいいかを再三、訴えてきたことだ。観光政策にも、お二人が述べたヒントが盛り込まれたのではないかと思っている。

 

新潟の課題解決に光明が差しかかっていただけに、今号を最終回とすることが惜しい。

 

田村秀・新潟大学教授はこの4月から、長野県立大学グローバルマネジメント学部教授、公共経営コース長に就任する。これから長野県のために尽力する人に、いつまでも新潟県の課題を炙り出してくれとはお願いできない。

 

最後は、それぞれが考える「新潟県最大の課題」を論じていただいた。田村教授にはさらに、新潟県民への〝お願い〟もいただいた。

 

まずは田村教授から。

 

私が新潟県民に訴えたいことは、近著「新潟の逆襲」(言視舎)、「瀬戸際の新潟県12の課題 消滅か復権か」(新潟日報事業者)に書いたことがほぼ全て。著書やこの企画で訴えてきたことが、悪い方向で8割方現実になってしまったなと憂いている。

 

象徴的なのが、魚沼産コシヒカリの特A落ち。米、雪、酒の「越後三白」について、新潟が誇るお宝ではあるものの、対外的な評価は下降気味だと私は警鐘を鳴らしてきた。米は、全国で美味しい米が作れるようになっているのに、いまだに魚沼コシが日本一だと胡坐をかいているフシが見られると忠告してきた。日本酒は、金賞酒受賞数が、出品
数の割に少ないと指摘してきた。サッカーJ1で残留争いの常連だったアルビには、「愛してる新潟」だけじゃ強くなれないと県民向けに忠告していたのに、今年からJ2で戦うハメになった。このほかの課題に対しても、現実を指摘し、テコ入れしなきゃならんと言ってきた。

 

県は総合計画で、近隣県と比較した経済指標で、本県が一人負けである実態を初めて県民に知らせた。この「不都合な真実」に蓋をしていたために、県民は病状が悪化していることを知らなかった。「知らなかった」と言ったが、「知ろうとしなかった」が的確かもしれない。県民は、お上任せで何事にも無関心ではなかったか。

 

僕はこれまで、言いたいことをストレートに言い続けてきた。批判もたくさんした。批判を受け止めたとしても、次につなげる実行がなかった。皆無ではないが、「一人負け」している以上、効果的な手を打ってきたとは言えない。

 

批判を受け止め、現状を分析し、効果的な政策を実行していれば、米、酒、アルビを含め、新潟県の病気は悪化しなかったはずだ。

 

批判的精神を養うべきだ

 

悪化していた新潟県の病状を知らされた県民は、どう感じただろうか。なぜこんなことになったのかと疑問を抱いてくれただろうか。行政は今までいったい、何をしてきたのかと批判的な目を向けてくれただろうか。

 

私が考える新潟県最大の課題は、県民に批判的精神が養われていないと見える点だ。

 

大学生と話をしていると「将来は新潟県のために頑張りたい」と張り切る。でも、実のところ新潟県の良いところ、悪いところ、歴史も文化もほとんど分かっていない。知らないのに「新潟のため」と言って、何を頑張ろうと言うのか。頑張るなら、新潟のことについて無関心では話にならないし、何でもかんでも知る努力をすべきだ。

 

新潟の人は、私のような批判する人、批判するメディアを嫌いたがる。御誌もそう? 似た者同士ですかね(笑)。そういう風土の地域は絶対に良くならない。良いことも悪いことも学び、その上で批判することで建設的な議論ができ、前進する。

 

先月号では、私も田口先生も米山知事の「ツイッターバトル」を批判し、理由付けして、すぐにも止めるべきと主張した。「バトルを知らない」は論外。「知事同士がやりあってんな」はマシ。理想は、8割の県民が「ツイッターやる時間を県政に向けろ」と声を上げることだ。

 

新潟県が凋落した原因を政治や行政に向けるのは簡単。でも、そういう人を選んだのは県民一人ひとりであることを忘れてはいけない。

 

批判的精神が養われなかった要因の1つはメディア。問題提起は十分だっただろうか。嫌われることを恐れて批判的な記事を避けてこなかっただろうか。新潟日報という県域紙がある。これとは別にもう1紙、県域紙があれば、今とは別の県民性が育っていたかもしれない。

 

いま1つは経済界。他県同様、県内にも経済団体がいくつもある。その中で大きな影響力を行使できるのは商議所や経済同友会など。これら経済団体のトップは、会の持つ影響力を行使し、政治や行政にいい影響を与え、暴走したときには圧力をかけるなどして歯止め役とならねばならない。だが、影響力を行使しているようにも、責任ある立場を自覚しているようにも私には見えなかった。

 

いずれにせよ、新潟県の一人負けの現実を県民は知った。体勢を立て直さないといけないことも分かったはず。いまこそ立て直しをやるべき。やらないと手遅れになる可能性が極めて高い。「やる」に関して県民は、お上任せではいけない。関心を持ち、自分ができることはやらねばならない。自分は困っていないから…ではダメ。

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