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2017年09月21日

35年前、新潟市は「新幹線の空港延伸」に思いを馳せていた!

2017年06月27日

5月30日、 「新潟空港アクセス改善協議会」 が非公開で行われた。 その後に行われた米山知事への囲み取材で、 新幹線による空港延伸に消極的である考えを知事は示した。 11月には結論を出したいとし、 場合によっては「 政治決断する」 とも言い切った。本誌はこれまで、 様々な観点・理由から、 多くの企業の協賛をいただきながら「 延伸」の必要性を訴え、 実現に向けて動き出せと提言してきた。 時間の猶予は、 もはやない。識者らの提言も紹介しながら「 延伸実現」 を説いていきたい。

 

35年前の1982年(昭和56年)、新潟市は30年後の新潟市の姿を市民に示した。夢を語れる絵図面がそこには示されていた。そして、上越新幹線の新潟空港乗り入れも描かれていた。

 

1982年2月11日、新潟市は市報にいがたの「号外」を発行した。当時の新潟市長は川上喜八郎氏。日本社会党、日本共産党の推薦を得て当選した革新市長だった。米山知事と相通ずるものがある。

 

p50号外のテーマは「都市問題懇談会提言特集号」。「“30年後の新潟”望まれる姿」の大見出しが一面を飾る。新潟市の教育・文化、産業、都市づくり、交通について、新潟市の望ましい将来像を描いたものだった。

 

新潟大学長を歴任した北村四郎氏を会長とする「都市問題懇談会」に川上市長は、新潟市の将来構想を諮問。これを受けて会は、「1年2ヵ月に及ぶ検討を重ねた」。新潟大学教授が5人、シンクタンク所長、建築家、主婦、新潟日報社論説委員、そして佐野藤三郎・亀田郷土地改良区理事長ら16人で構成された会だった。

 

このときから30年後は、今から5年前の2012年。川上氏が存命だったら、今の新潟市の姿を見て何と思っただろうか。

 

川上氏は紙面で、「私は市長就任以来、この新潟の“まちづくり”は、市民と行政が一体となってすすめることを基本としてきました…」と一筆添えた。新潟の将来をオール新潟で考え、実現していこうじゃないか。そういう決意だったのだろう。

 

この「号外」を取り扱う以上、新幹線と空港について言及されていることは言うまでもない。以下にその全文を紹介する。…続きは本誌に

 

 

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