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2019年12月15日

迷走「だるまやグループ」新経営陣が沈黙を破って本誌に反論

2014年06月26日

本誌が2号連続で徹底リポートしてきた超人気ラーメンチェーン「だるまやグループ」買収劇の余波は、拡大こそすれ収まる気配が一向にない。幹部社員の相次ぐ退職、独立組による競合店の立ち上げ、さらには新経営陣によるスープ製造担当者の懲戒解雇など、火種は尽きない。だるまやグループで今、いったい何が起きているのか? 本誌の取材に対し新経営陣がついに沈黙を破った。

 

カリスマ社長が会社を売却

 

だるまやグループの創業は1980年。その原点は新潟市中央区古町通7番町のうどん屋「琴平」だった。

 

同グループを創業した相原廣氏(65)はそれまで「紳士服のコナカ」で支店長など管理職を歴任、将来的には役員就任が確実視されていた。その同氏が脱サラして同店を立ち上げたのだった。

 

相原氏が「だるまやグループ」の誕生秘話を明かす。「コナカは一頃、経営多角化の一環で讃岐うどん店を展開したことがあるのです。当時、責任者から"讃岐うどんは儲かるぞ"と聞かされまして、一念発起して脱サラし、琴平を開店したのです」

 

その後ほどなく同8番町の大竹座前に「だるまや1号店」を開店、ラーメン事業にも参入する。これが見事に当たって店舗数を順調に増やしていった。

 

一方で相原氏は「だるまや」一辺倒の店舗展開にとどまらず、次々と新たなコンセプトの店舗を立ち上げていった。吉相、万人家、ちゃーしゅうや武蔵、一兆、孔明、一本槍、我聞、ダルマ食堂、大舎厘、武吉兆、萬人、青山製麺、弁慶…。

 

このように系列店であるにもかかわらず、あえて「だるまや」の名前を前面に出さずにマルチブランド戦略を推進したことによって同グループは急拡大したともいえる。

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今やグループ年商20億円超といわれているが、相原氏はその「だるまやグループ」の全保有株を第三者に譲渡し、昨年2月14日付で代表取締役を辞任。会社を売却したのだった。

 

全株取得によって新たに経営権を握ったのは、長野県上田市で携帯電話販売や飲食店経営などを展開する株式会社マテュリティの代表取締役を務める翠みどりかわ川忠彦氏で、同氏がだるまやの代表取締役会長に就任。以下、社長、副社長、専務ら首脳陣についてもマテュリティの幹部が就任した。

 

そしてそれ以降、さまざまな騒動が勃発する。新経営陣の方針に反発した幹部社員が相次いで退社、またある店舗ではボヤ騒ぎに端を発して店長の過酷な勤務状況が取り沙汰されもした。…続きは本誌にて

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